海に還る日 | |
切り札 joker |
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「雫が?」 「ああ。誰かに付回されているらしい」 千晶のシャツをはだけさせ、胸の飾りを啄む。 「そうか……」 「どうする?千晶。誰か、つけるか?」 「大丈夫、だろう……」 「しかし、千晶」 思わず顔を上げると乱暴に引き寄せられ、口唇を塞がれた。 「っ……。千晶…」 「やだ」 「やだって……」 「今は、俺だけを見ろよ。圭吾」 「千晶」 「俺以外の事を考えるのは許さない――」 鮮烈な色を浮かべた瞳が圭吾を射抜く――。 圭吾は目を細めると、立ち上がり始めている胸の尖りを指で強く摘みあげた。 「ひっ、あ……」 感じやすい左胸を口唇で挟み引っ張りあげると、しなやかな肢体が仰け反る。 右胸は指で揉みこむように弄ってやりながら、空いた手を下肢へと伸ばす。 思った通り、そこは昂ぶり始めている。 胸への愛撫とは裏腹に、やんわりとジーンズの上から撫でると、焦れた千晶が腰を揺らめかせて擦り付けてくる。 「や……けいご、もっと…」 甘ったるい声が吹き込まれ、ぞくりと背中が戦慄いた。 雫が阿修羅に来て以来、3人でいることが多く、今までのようにヤサで千晶を抱くことができなくなってしまった。 焦れているのは千晶だけではなく、圭吾もまた千晶を求めて焦れていた。 「けいご……やく…」 求められまま、本能のまま千晶の躯を貪る。 「ああっ」 手早くジーンズを引き下ろしてやり、熱い千晶自身に直接触れてやると、鋭い声を上げ、それは一気に硬度を増した。 強く目を閉じ、快楽をやりすごそうとする千晶の彩(いろ)は、例えようもなく、圭吾のオスを刺激する。 無意識に乾いた上唇を舐めた。 「け…ご……」 いきなり握られ、強い快楽が体を駆け巡った。 思わず目を閉じ、そのまま強引に昇りつめさせようとする圭吾の動きに翻弄される。 強すぎる刺激に抗議しようと、うっすらと目を開ける。 「っ!あ……」 本能的な恐怖を感じた。 圭吾の瞳が自分を見下ろしている。 まるで、獲物を見つけた肉食獣のような眼で。 ぺろりと口唇を舐める様は、喰らいつく前兆。 (喰われるっ――) 反射的に思った。 今までに感じたことのない恐怖。 射すくめれ、抵抗もできず、喰われる。 そして、その恐怖がもたらす、拭いようのない淫楽――。 「あ、あっ!けいごっ!んっ――」 抑える間はなかった。 そのまま極みまで昇りつめてしまった。 「あ…ふ……」 「…どうした?千晶。早いな……」 見せつけるように手についた千晶の残滓を舐め取る。 その仕種をぼんやりと見やる。 ――これが、あの圭吾だろうか……。 いつも、自分が翻弄していた男だろうか……―― 欲しい――。 強烈な欲が湧き上がる。 この獣を自分の中に受け入れたい。 貪欲に貪られたい。 「足りないのか?」 焦点の合わない瞳の中に強い情欲を見つけ、わざと耳元で囁いてやる。 そして濡れた手を後ろに伸ばし、指先で蕾を引っかいてやると、甘い呻きが、口唇から漏れる。 いつになく欲望に従順で、しどけなく圭吾を見つめる千晶は圭吾の嗜虐欲を煽る。 「そんなに欲しいか?俺が……」 なりふりかまわず、頷いた。 圭吾が口唇の端に笑みを浮かべた。 「けいご…はやく……」 求めているのに、こともあろうに圭吾が手を退いた。 「けいごっ!」 「……来いよ、千晶」 「っ!」 信じられないといった表情で、自分を凝視する恋人。 圭吾はそれでも構わず、千晶の腕を掴み起き上がらせる。 「どうした?できないのか?」 その一言が、千晶の負けず嫌いに火をつけた。 千晶の瞳に強い彩(いろ)が戻る。 「……後悔するなよ?圭吾……」 詠うように、低く掠れた声が告げる。 「ぐっ!」 ふわりと伸びてきた腕が、圭吾の喉元を締め付けた。 ぐぐっと力がこもる。 「…あ、き……」 「ふふ……。圭吾、愛してる……」 悪魔のような笑みに、圭吾の背筋が震えた。 (殺される――) そう感じるほど、躊躇いのない瞳。 それを見とめた圭吾の口元に笑みが浮かぶ。 「あ、ん…」 圭吾は自分に跨る千晶の双丘を掴むと、その狭間の蕾に指先を埋める。 喉元を離れた千晶の掌が、圭吾の頬を引き寄せる。 「けいご……」 淫蕩な笑みを浮かべながら、圭吾にキスを求める。 それに応えてやりながら、じわりと指を根元まで埋めていく。 そして中を弄り、焦らすことなく千晶の一番感じる部分を穿つ。 「ああっ!」 千晶の躯が跳ね上がる。 「千晶……」 合わされた瞳が意思を伝える。 それを間違いなく受け取った千晶が躯をずり下げ、圭吾のスラックスの前立てを開けると、昂ぶっている圭吾を取り出して口に含んだ。 「っ……」 熱く濡れた口腔がやわやわと圭吾を弄る。 それだけで放ってしまいそうだった。 一瞬止まってしまった指に焦れて、千晶の腰が揺れる。 指を増やして掻きまわしてやると、くぐもった声が漏れる。 それがまた、圭吾を刺激する。 先に音を上げたのは、千晶だった――。 「けいごぉ……」 甘く啼き、自分を求める淫らな恋人。 「…来いよ、千晶」 腰を掴みあげ、双丘の狭間を自分に合わせてやる。 「っ!ああっ!!」 一気に腰を落とし、根元まで咥えこむ。 それでもほぐされた蕾は苦痛を訴えることなく、淫らに煽動し圭吾を絞めつける。 脳髄が蕩けそうな熱が、つながっているところから湧き上がり、2人の体内を席捲する。 貪ることしか――、貪られることしかできなくなる。 「あ、くっ……んぅ…」 2人の荒い息遣いと粘着質な音が、部屋の空気を淫らなものに染めていく。 「だめっ…っちゃう…け、ご……」 「…好きにしていい」 思考がずくずくと崩れていく。 「あっあっ、やあっ…ああっ!」 いくばくもしないうちに千晶が昇りつめ、放ってしまった。 圭吾もわずかな遅れで、千晶の奥に奔流を放つ。 くぷりと2人がつながっている箇所から圭吾の残滓が溢れ出す。 それがまた千晶を刺激し、圭吾もまた絞めつけられて低く呻く。 おさまりきらない情欲に溺れるしか術がなくなる――。 「大丈夫か?千晶」 「ん……」 理性を無くし、獣のように貪りあった。 シーツが2人の放ったものと汗でぐちゃぐちゃになっている。 「みず……」 「ああ、待ってろ」 立ち上がり、腰に鈍い痛みを感じて苦笑した。 冷蔵庫からボルヴィックを取り出す。 千晶が好んでいるミネラルウォーターだ。 寝室に戻ると、千晶が微睡みに引き込まれようとしていた。 「千晶、水だ」 「ん〜〜?」 「水」 「飲ませてぇ」 甘える仕種に仕方ないなと笑むと、口に含んで口唇を重ねる。 こくりと喉が動き、それを何度か繰り返してやる。 「も、いい……」 かったるそうに顔を背ける。 「少し眠れ。夜明けまでには時間がある」 「ん――。雫は、大丈夫……」 「雫?」 「だって、切り札があるから……」 すぅっと眠りに引き込まる。 「切り札って…おい、千晶」 応えはなかった。 圭吾は溜息をつくと、千晶の傍らにもぐりこんで、急速に襲ってくる睡魔に身を委ねた。 「ど、どうしたんですか?千晶さん」 くったりと疲労している様子に俊樹が慌てて声をかける。 「んー―?ああ。ただのヤりすぎ……」 「えっ…☆」 あまりにストレートな言い方に、目を白黒させる。 千晶がその様子を見て、おもしろそうに笑う。 「圭吾が放してくれなくてさぁ……」 「千晶っ!」 慌てて圭吾が遮る。 「そ、そうですか…それは……。えっと…あ、雫さん。どうしたんでしょうね?いつもより遅くないですか?」 動揺し、強引に話題を変換した。 「ああ。そう言えばそうだな…」 雫は、だいたい弟と父親が寝た後、10時くらいに顔を出す。 しかし、今はすでに12時になろうとしていた。 「今日、来ないとか言ってたか?圭吾」 「いや。俺は聞いてない」 圭吾が雫の特服を手持ち無沙汰とでも言いたげにたたみ直す。 あの1件以来、雫は圭吾に特服を預けるようになった。 「千晶」 嫌な予感がすると、瞳が告げる。 「……俊樹」 「…孝太郎がついているので、滅多なことは……」 先ほどまでの動揺など毛筋にも感じさせない。 ビリジアングリーンの特服。 佐賀野 俊樹もまた、間違いなく阿修羅の幹部の1人なのだ。 「孝太郎が?」 「俺がそうさせた」 聞いてないぞと言いたげな千晶に、圭吾が応えた。 「そうか…。俊樹。孝太郎のピッチに連絡を取って、どういう状況か訊け」 「はい」 「その必要はなさそうだぞ」 ピッチを取り出し、連絡をしようとした俊樹を圭吾が制した。 倉庫の入り口に、俊樹が飛び込むように走ってきた様子が視界に入った。 どうやら、嫌な予感は的中したようだ。 「すみません、すみません」 孝太郎がひたすら頭を下げる。 殴られた頬は腫れあがり痛々しい。 「相手は誰だ?」 「『相楽スペクターズ』です。いきなり、5人がかりで……」 5人がかりで襲われ、孝太郎が殴られるのを見かねた雫が自ら囚われた。 孝太郎がくやしそうに口唇を噛む。 「相楽、か…」 相楽スペクターズは、連合のNo.2のグループ。 決して敵対関係ではなかったが、ここのところ友好的な連絡がなかったのも事実だった。 「……要求はなんだ?」 孝太郎の奥歯がぎりっと鳴った。 「孝太郎?」 「……うちの解散、です」 「なんだと!?」 声を荒げたのは俊樹。 圭吾の瞳にゆったりとした怒りが滾る。 ただ、千晶だけが静かだった――。 「……条件は、千晶さんが目の前で解散を宣言して、特服を脱ぐことです」 孝太郎がくやし涙を流す。 その肩を軽く叩いてやり、千晶が部屋から出る。 「どうする気だ?千晶」 追いついた圭吾が問う。 「さあ?とりあえず、要求通りにするしかないだろう」 「そんなっ。千晶さんっ」 俊樹が抗議するが、千晶の口元には楽しそうな笑みが浮かんでいるのを見て、戸惑った視線を圭吾に向けた。 圭吾は肩を竦める。 緊張した面持ちで、メンバーが待っていた。 「千晶さん」 俊樹の瞳が、どうしますかと訊いてくる。 誰もが、千晶の指示を待っていた。 無作法にも自分たちの華を摘もうとしている連中を、許す気はないらしい。 「行くぞ。ただし、合図があるまでは相楽の連中には手を出すなよ」 「はいっ!!」 少年たちの返答が重なる。 倉庫から出てそれぞれの足に乗り込もうとした時、門扉のところに1人の少年が立っているのに気づいた。 「何だ?お前――」 千晶に視線に気づき、俊樹が誰何する。 少年は一礼すると、千晶に近づいた。 物腰が柔らかく、育ちの良さを感じさせる。 「相楽スペクターズは、春日組の下っ端とつながっていますよ」 「……誰だ?」 「佐伯 潤(さえき じゅん)です」 千晶のきつい口調に臆することなく応える。 「雫を知っているのか?」 「はい。同じ学校で、後輩にあたります。先日、漆原先輩に助けていただいたので、その恩返しを、と思いまして」 にっこりと微笑む。 「……なるほど。だいたい、わかった」 「お気をつけて」 潤の言葉に、振り返らなかった。 「……あまり、関わらない方が、よいと思いますが」 「うるさいよ。桂場(かつらば)」 目付け役が運転するBMWで、ひっそりとテールランプの後を追う。 久しぶりに見る御曹子の楽しそうな顔に、桂場は溜息をついた。 千晶のKAWASAKI Z400GPを先頭に、阿修羅がテリトリーに入ってきた報告と聞いて、井岡 哲史(いおか てつし)は乾いた笑みを浮かべた。 「くっくっくっ…これで、うちがNo.1だ――」 気が狂ったような笑い声を上げる哲史を、雫が冷たい瞳で見つめていた。 否、すでにこの男は狂っているのかもしれない。 目の下の隈。くすんで青白い肌。 落ち着きのない挙動――。 すべてが薬物中毒だということを示していた。 哲史以外の、ほとんどの幹部も程度の差こそあるが、薬物中毒なのは間違いない。 では、その何らかの薬物はどこから流れてきたのだろうか――。 「何だ!?その目は!?」 思考は、哲史の怒号で断ち切られた。 顎を強い力で掴まれ、眉根が寄る。 「悔しいのか?くっくっくっ…。お前、俺の女になれ」 返答はない。 雫は、ここへ連れてこられた時から、一切言葉を発していない。 ただ、静かに見つめているだけだった。 「……気にいらねぇな…その目……。抉ってやろうか?」 狂犬のような唸り声をあげ、次の瞬間には狂ったように笑い出した。 雫は不快そうに眉を顰めた。 「阿修羅が来たって?」 入ってきたのは、悪趣味なシャツを来た3人の男だった。 (この人たちか――) 雫の直感が悟った。 (どう見ても、下っ端だな……) 恐らく、どこかの組の下っ端だろう。 子供に薬物を与え、そして金を巻き上げる。 そのシェアを広げるために、阿修羅は邪魔だった。 千晶は、薬物類やシンナーを一切許していない。 直接、手を下さずに済まそうとしている男たちは、さらに不快感を強くさせる。 「へ〜〜。いい女じゃねえか…」 へらへらと近づいてくる男を睨み上げる。 「へっへ〜。俺は、気の強い女、好きだぜぇ。嫌がる女を犯るのは最高だからな」 触れようとする手を、跳ね除けた。 パシッという音が男たちの逆鱗に触れる。 「阿修羅が来ました―」 まさに一触即発だった空気が遮られた。 男は舌打すると、その場から離れ、代わりに哲史が雫にナイフを突きつける。 「立て。いくぞ」 雫は、仕方なさそうに溜息をつくと、おとなしく従った。 ザワリと空気が揺らめいた。 雫がナイフを突きつけられたまま、姿を現したためだ。 一気に殺気が高まる。 千晶がそれを制する。 「久しぶりだな、井岡」 「ふん。とっとと解散しろよ」 「断る」 「千晶!?」 あまりにもあっさりとした返答に、呆気に取られた。 「なん、だと?」 「聞こえなかったのか?それとも、薬(やく)で頭がイカれたか?」 侮蔑のこもった声音。 それは、すぐに感知できたらしい。 哲史は顔を赤黒くすると、雫の顔にナイフを突きつける。 「これが、見えないのかっ!?てめえの女の顔に傷がつくんだぞ!!」 「興奮させるな、千晶」 低く、圭吾がたしなめる。 「……圭吾。お前、何を勘違いしているんだ?」 「勘違い?」 「そうだよ。――雫」 圭吾の疑問に明確には答えず、雫に向き直る。 「結局、何が目的なんだ?こいつら」 後ろがザワつくのも構わず、明るく問う。 「……薬物の販売シェアを広げるために利用されてるみたい」 雫が、いつになく乱暴な口調で答える。 「だと思った」 「てめえら、本気でこの女を殺すぞっ」 上擦った声で叫ぶ哲史に、千晶は肩を竦める。 「やれば?」 「千晶さんっ」 俊樹の信じられないという声。 「雫!」 千晶の声と同時に、雫の体が沈んだ。 「え?」 ナイフを持った手を掴み、その肩を支点に、哲史の脇の下を通り、雫の体が後ろへ流れる。 そして、その足を払われ―― 「ぎっ……」 結果、自分の体重がかかり、肩がありえない方向へと捻られ、ゴキリという鈍い音と共に激痛が襲った。 「ぐ、がぁぁぁぁ――」 薬物に犯され痛覚の鈍った体でも、それは耐えがたいものだった。 「て、てめえっ!」 一瞬、呆気に取られた別の男が雫に殴りかかる。 雫は慌てることなく、その手を払って後ろに流すと、そのまま膝で鳩尾を蹴り上げる。 沈みかける体の首筋に、肘打ちを叩き込む。 男はそのままうつぶせに倒れこむ。 そこへ、ナイフで刺そうともう1人が走りこんでくる。 「雫!」 圭吾が思わず声を上げるが、雫に動揺はない。 突き出される腕を左脇で抱え込むと、そのまま左腕を振り上げる。 肘の関節が外れ、呻きながら膝をつこうとする男の顎を掌底で突き上げる。 誰もが呆然と、瞬く間に3人の男が沈む様を見ていた。 足元の転がる男たちを何の感慨もなく見下ろす雫の姿は、いつものように穏やかで人形めいたものではなく、触れてはいけない刃(やいば)のようだった。 雫がちらりと周りの人間を見やると、誰もが本能的な恐怖を感じて、無意識のうちに逃げをうってしまう。 「千晶…、あいつは……」 信じられないといったような圭吾に、千晶は笑った。 「あいつは、阿修羅の副長だぞ」 悪戯が成功した時の子供のように、瞳を輝かせる。 そして、何事もなかったかのようにこちらに来た雫の肩に、特服をかけてやる。 「雫……」 呆然とした圭吾を雫が見上げる。 そして、口唇の端に笑みを浮かべ、目を細めた。 ぞくりと背が震えた。 (そうか――。これが、千晶が欲しがった『雫』――) そう直感した――。 そう――。 雫を護る切り札――それは、雫自身だった。 「つまり?」 圭吾がインプレッサのボンネットに寄りかかり、煙草に火をつけながら問う。傍らには千晶のバイクがある。 コンクリートで覆われた岸壁。 東京湾の一番奥に、それはある。 千晶がよく好んでくる場所だ。 あれから、もちろん立場は逆転した。 元々、相楽スペクターズのメンバーも薬物に侵された幹部に反発していたので、ほとんどが参戦せずに決着は一瞬でついた。 相楽スペクターズは解散。ただ今回は暴力団関係の人間も関わっていたため、哲史たちを始めとした主要の人間の処断は春日組に任せた。 今回の件が、春日組が出した指示ならば、失敗したという事で――、指示のないことであれば、勝手な行動について、何らかの処罰が下されるだろう。 「だからさ。公介が入院した時、あいつ、複数の人間に襲われたって言ってたけど、不自然でさ、もう一度問いつめたら、1人の、しかも女にやられたって白状したんだ」 「それが、雫なのか」 「そう。どうも、公介のやつ。ショタコンだったみたいで、あいつの弟に手を出そうとしたらしい」 「それが、雫の逆鱗に触れたわけだ――」 「だからさ、馬鹿だとは言え、仮にも阿修羅の副長を沈めた女がどんな奴か興味を持ったワケ」 「なるほど」 何度目になるかも忘れた溜息をつく。 「すっかり、騙された――」 ぼやく圭吾に、雫がくすりと笑みを漏らした。 「文句は千晶に言って。千晶がそうしろって言ったんだから」 「あ、ひっで〜。俺だけのせいかよ」 「だって、そうでしょう」 「でも、雫だって面白がって」 「俺にとっては、2人とも同罪だ――」 言い争いを始めようとした2人を遮り、わざと不機嫌そうに言う。 「……なあ、機嫌直せよ、圭吾」 千晶が甘えるように抱きついてくる。 それでも、圭吾はムッツリと煙草をふかす。 と、その頬に白い手が添えられ、引き寄せられた。 ふわりと雫の口唇が額に触れる。 「ごめんなさい、圭吾。機嫌直して……」 にっこりと至近距離で微笑まれ、胸が高鳴った。 「……もういい」 苦笑して許す以外の選択肢がなくなった――。 「俺にはしてくれないのか?雫」 「もちろん」 「ちぇ〜」 口唇を尖らせ、圭吾から離れると岸壁の柵を乗り越える。 「それにしても、汚い海――」 雫が水面に浮かぶゴミに顔を顰める。 「なあ、知ってるか?」 千晶が振り向く。 「命は海から生まれた。だから、いずれ海に還るんだ――」 いつになく静かな口調。まるで巫女にしか聞こえない神託のように告げる。 水平線の向こうから、わずかに滲み出てきた陽光がその瞳に煌く。 その美しさは、圭吾と雫の心に深く刻み込まれる。 「……土に還るっていうのは聞いたことがあるけどな」 「なら、誰かが死んだ時は、海に花とかを供えればいいってこと?」 雫の言葉に、そうだよと答えると再び水平線を見つめる。 ――わずか、1ヶ月後。 その言葉が現実になるとは、誰も予想だにしていなかった―― |
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