声を聴かせて | |
「え〜〜!?出張っ!?」 「明日から5日間、大阪に」 「そんなぁ〜。明日、土曜日なのに?」 僕はぺったりと床に座りこみながら、一哉(かずや)を見上げた。 「仕方ないだろう?」 優しく困ったように一哉が笑む。 「でも……」 思わず、俯いてしまう。 明日は、7月最初の土曜日。 そして、明後日は……。 一哉の誕生日。 7月生まれなんて、一哉らしいといえば、一哉らしい。 2人でケーキを買って、一哉の好きな物作ってお祝いしようと思ったのにぃ。 もうプレゼントも用意してある。 目頭がじわりと熱くなる。 と、すっと影が僕の前に降りる。 俯いた僕の視界の中に一哉の手が伸び、僕の顎を捕らえた。 促されるように再び見上げる。 一哉の顔が近づいてきて、僕は反射的に目を閉じた。 ふわりと軽く口唇同士が触れる。 何となく気恥ずかしくて、僕はまた俯いてしまう。 けれど、それはすぐに一哉に阻止され、再び口唇が重なる。 「っん……」 さっきよりも、ずっと深いキス。 舐められ反射的に開いた口唇の間から、するりと一哉の舌が僕の中に入ってくる。 「んぅ……」 上顎を舌でまさぐられる。 こうされると、もう何も考えられない。 くすぐったくて、体の奥がずきりと甘く痛む。 それは、快楽につながる痛み。 何度も一哉に教えられた痛み。 「ん、…ずやぁ……」 口唇が離されるほんの一瞬に、甘えた声が漏れる。 それが、恥ずかしい。 カッと頬が熱くなる……。 って、だめ。ここで流されちゃっ! 渾身の力を込めて、一哉の胸を押し返した。 思いのほか、あっさりと一哉の体が離れる。 見上げれば、少し驚いたような瞳とぶつかった。 「僕も行く!!」 一瞬、思案したような顔を見せた一哉が、次の瞬間首を横に振った。 「なんで!?」 「1人の出張なら、連れてくけどな。上司とアシスタントの3人だから」 「でも……。何で、土日なのに出張なの?」 「ん?ああ、向こうの取引先のイベントがあって、一般人向けでもあるから土日に開かれるんだ。で、交渉のついでに行こうということになった」 「それは、一哉じゃなきゃいけないの?」 「うん。俺が初めて取った取引の相手だからな」 「そっか……」 ―せっかくの誕生日なのにな……。 プレゼントは、一哉の好きなブランドのネクタイ。 一哉には内緒で、姉さんのつてでバイトして貯めたお金で買った。 モカブラウンのそれは、たぶん一哉に似合うと思う。 「……しょうがないね」 一生、渡せないわけじゃない。 一哉は帰ってくるんだから、これ以上はみっともないわがままだ。 だから―― 「一哉、大好きゥ」 見上げて、笑う。 そうすると、一哉の相好が崩れ、僕の一番好きな笑顔になる。 抱きしめられて、抱き上げられる。 これはちょっと恥ずかしい。女の子みたいで。 でも、抗議する声は、一哉の口唇に飲み込まれる。 ベッドに抱き下ろされても、一哉はキスを続ける。 徐々に深くなっていって、それに比例するように体が熱くなる。 「ふぅ…んっ」 甘えたような吐息が漏れる。 それさえも惜しむように、なおいっそう深くなるキス。 「……愛してるよ、樹(いつき)」 すっかり息が上がるころ、やっと口唇が離され一哉の指が頬を撫でる。 「僕も、愛してる」 乱れた息を整えながら、一生懸命に言う。 「んっ……あ、した…なんじに、いくの…?」 首筋にキスを受けながら問う。 「んー?7時の新幹線だから、6時前に家を出る」 くぐもった声が答える。 6時? って、ことは5時には起きなきゃ。 ん〜っと。 まとまりを失っている頭で考える。 さっき、お風呂から上がったのが、12時くらいだから……。 ……5時ぃ〜〜!? 「ちょ、ちょっと待って、一哉」 胸元に伏せられている一哉の顔を強引に引っ張る。 「樹?」 「もしかして、5時くらいに起きなきゃいけないんじゃない!?」 「そうだな」 あっさりと言うと、再び一哉の口唇が胸元におりてくる。 「だ、だめだよ、一哉。もう寝な…っん……」 止めようとする僕を咎めるように、乳首を甘く噛まれる。 途端に、ピリッとするような快感が背筋を這う。 ビクリと震えた体。胸の上で一哉が小さく笑った。 〜〜〜!(怒) 一哉の思い通りになるのが、なんか悔しいっ! 「……めって、言ってる――!」 思いっきり一哉を突き飛ばした。 「うわっと」 一哉の体がぐらついて、ベッドが落ちそうになる。 「あ、ぶないだろう、樹」 なんとか体勢を整えて、一哉が抗議する。 「だめ。朝、起きれなかったらどうするのっ!?」 「大丈夫だよ」 「だめ。寝るの」 それでも言い募る僕に、一哉は仕方なさそうに溜息をつくと大人しくベッドに潜り込んだ。 ほっと息をついて僕も潜り込むと、一哉の腕が僕を引き寄せた。 一瞬構えたけど、そのまま動く様子はない。 僕は力を抜いて、すべてを預けるように一哉の腕の中で眠った。 幸せだと思う。 一番好きな場所で眠れるということが――。 「ん――……。あ、れ?」 無意識で自分の横を探った。 一哉がいない。 「あれ?」 やっと頭が起きてきた。 カーテンの隙間から光が漏れている。 慌ててサイドボードの時計を見ると8時過ぎ。 「あっちゃ〜」 一哉に『行ってらっしゃい』が言えなかった。 ちょっと後悔しながら居間に行くと、プレーンオムレツと簡単なサラダがラップをかけた状態であった。 メモがその下にある。 『行ってくる。暖めて食べるように。戸締まりには気をつけて』 「ふぅ」 今日は10時からバイトがある。 一哉の誕生日プレゼントは買ったし、続ける理由はないんだけど、何となく仕事が面白くなってきている。 それに――。 学校に行きたいんだ。 確かに勉強はあまり好きじゃないけど、一哉に少しでも追いつきたい。 同等は無理でも、せめて、少しでも近くに行きたい。 で、姉さんに相談したら、大検を受けるための学校に行ったら、とアドバイスしてくれた。 時間が割と自由になるし、画一的な授業の普通校よりも僕に向いているって。 その姉さんは、―僕も知らなかったんだけど―すでにW大の推薦を取っていて、その上、家を出た2月は3年生は自由登校になっていたから、出席日数も問題なし。 で、この春から晴れて大学生になっていた。 この頃、なんとなく姉さんがただ者じゃないような気がしてきた。 確かに頭いいし、美人だと思う。それだけでも、普通とは言い難い。 一緒に暮らしている恋人の圭吾(けいご)さんも、一度会っただけだけど、かっこよくて、大人だった。 姉さんが圭吾さんを本当に信頼しているのもわかったし……。 でも、それだけじゃなくて、何か裏に隠されているような、とんでもない力を持っていそうで……。 う〜〜ん…… ま、いっか。わかんないことを考えてもしょうがないし、姉さんは姉さんだから。 そう言い聞かせて、着ていたパジャマを洗濯機に放り込む。 一哉が作っておいてくれた朝食を食べて片づけると、家を出た。 外は暑い――。 7月始め。まだ梅雨明け宣言はないけど、晴れている日。 すっかり夏の陽射しだ。 「樹!?」 「え?」 バイト帰り、聞き慣れた、でも久し振りの声が呼び止める。 振り返ると……。 「龍一(りゅういち)!」 久し振りの幼馴染みだった。 「……」 「……」 何か言わなきゃいけないのに……。 でも、黙って家を出たことの罪悪感とか、懐かしさとかぐちゃぐちゃで言葉が出ない。 「久しぶり、樹」 「龍一……」 「この間、雫(しずく)さんに会った」 「え?姉さんに?」 「うん……。そうだ、樹。夕飯は?」 「まだ食べてないけど」 「じゃ、一緒に食わない?」 目を上げれば、龍一のいつもの笑顔があった。 「うん!」 怒ってない! それが嬉しい。 連絡しようにも怖くてできなかった。 一番の友人を失ったと思ってた。 「何、食おうか?」 聞いてくる笑顔は、小さい頃から変わらない。 よかった……。 「今、恋人と暮らしてるんだって?」 「え?う、うん」 「雫さんが言ってた。樹を任せられる人間だって。だから、俺安心したんだぜ」 「姉さんが?」 「そう。今度、会わせろよ」 「……」 「樹?」 「……男の人だよ…」 呟くように言ってみる。 「知ってるよ」 え? 弾かれたように顔を上げる。 「ああ、そうか。ま、確かにさ、男同士ってのはキツイけど、いんじゃない?俺は気にしてない。事実、俺の恋人も男だよ」 「恋人ぉっ!?いつの間にぃ!?」 素っ頓狂な声が出てしまった。 周りのテーブルの人たちが何事かと振り返る。 慌てて声をひそめる。 「恋人って?」 「亘(こう)って言って、綺麗な奴だよ」 照れたように龍一が笑う。 それだけで、龍一が幸せなのがわかる。 「そっか……」 何だか、力が抜けた。 龍一に連絡するのが怖かったのは、勝手なことして怒られると思ったのも少しはあったけど、それよりも一哉のことを話して、嫌われることの方が怖かったんだ。 「そっか!」 もう一度、言ってみる。 自然に顔が綻ぶ。 つられたように龍一が微笑む。 5ヶ月、会わなかっただけなのに、急に大人っぽくなっている。 きっと、恋人ができたから。 僕だって、負けていられない。 「今度、皆で食事でもしような」 「うん」 それから、僕たちはお互いの近況と連絡先を教えあい、家に戻ったら10時を過ぎていた。 シンとした部屋の電気を点ける。 淋しさを感じる前に、シャワーを浴びて寝てしまおう。 そうだ。明日は姉さんのところに行ってみよう。 龍一と会ったって。あと、龍一に恋人ができたって教えてあげよう。 「あ、しまった……」 帰ってきてそのままシャワーを浴びたのだから、着替えを用意してなかった。 しょうがないから適当に体を拭いて、バスタオルで肩を包(くる)んで冷えないようにしながら、寝室に入る。 着ていたパジャマは洗濯機の中だから……。 新しいパジャマを出そうとクローゼットに向かおうとした時、ベッドの上のそれに気づいた。 ちょっと考えてから、それを手に取る。 一哉のパジャマ―それの上だけを羽織ってみると、裾は膝上までくる。 袖も手をすっぽりと隠している。 特別、一哉が大男というワケじゃない。 確かに165の僕が180ある一哉の服を着れば、大きくて当たり前。 ふわりと一哉の匂いが鼻腔を擽る。 その途端、トクンと心臓が波打った。 まるで、一哉に抱かれているみたいで……。 僕はそのまま、ベッドに潜り込んだ。 寝るには少し早いような気がしたけど、このままがいいと思った。 「……かずや…」 口をついた声が、掠れた。 それに呼応するように、またトクンと心臓が音を立てた。 体の奥深くが、ジンときた。 ?何だろう…? 「かずや……」 もう一度、呼んでみる。 「…ぁ……」 小さな呟きが漏れた。 今度こそ、わかった。 心臓の音と共に、下腹が熱くなった。 別に、その行為をしらないワケじゃない。 自分で慰めること―興味本意で試したこともある。 でも、一哉と出会ってからはない。 何か、いけないことをしているようで、怖い。 どうしよう……。 一哉…。 「かずやぁ……」 声が聞きたい。 体が熱い……。 どうにかしてほしい。 どうにかできるのは一哉だけなのに……。 でも、傍らにはいない。 『樹…』 甘く呼びかける声。 呼んで欲しい。 声が聞きたい!! そろり、と手が下腹にのびる。 トゥルルルル―― ビクっと体が震えた。 一瞬、何の音かわからず、呆然とした。 「あ……」 電話の音だということがわかって、サイドボードの子機を取った。 「もしもし?」 『……』 「?もしもし?」 切れては……いないよね? 『…樹?』 「か、ずや!?」 『そう。どうした?』 「え?え?何が?」 慌ててしまう。 今、自分がしようとしていたことに、羞恥がわきあがる。 必要以上に声が焦りを帯びる。 『9時過ぎ、電話したらいなかった。携帯も繋がらなかったし』 そうか。龍一と食事したのは、地下街だったから、携帯の電源も切ったんだっけ。 「うん。あのね、龍一と食事してたの」 『……幼馴染みの…?』 「うん」 何だろう?一哉、怒ってる? 龍一のことは、話したことあるから知ってるはずだけど…。 「今日、バイ…、か、買物の帰りに偶然あったの」 危ない、危ない。バイトは内緒なんだ。 『偶然?』 「うん」 『ホントに?』 「なんで?」 なんで、そんな事言うんだろう? 『ホントは、俺のいない間に会おうとしたんじゃないのか?』 わずかに切り口上になった語尾。 ……もしかして、一哉。嫉いてるのかな? 聞いてみようかな?聞いたら怒るかな? ウズウズとした悪戯心がわきあがる。 今までにもこんな事はあった。 姉さんのことを話す時とか――。 でも、訊く前にキスされてしまって、結局訊けなかった。 でも、電話なら――。 「一哉…。もしかして、嫉いてる?」 『うっ、げほ……』 電話の向こうで噎せる一哉。 何となく、その光景が見えて、可愛いなんて思ってしまう。 「ホントに偶然だよ」 心なしか、声が浮いてしまう。 『…樹』 ギク。 低く掠れた声が、受話器から呼びかける。 この声―。 頭で理解する前に、体が覚えていた。 「あ……」 声が小さく漏れた。 中途半端に熱くなっていた下肢が、ツキンと痛んだ。 『どうしたの?樹。そんな可愛い声出して』 ちょっと意地の悪さを滲ませた声が耳元から聞こえる。 その声にさえ、体が反応する。 「……っ」 な…んで、どうしよう……。 『樹…今、どこにいるの?』 「……」 声を出すとまた、あの声が出ちゃうかもしれない。 『樹?』 促される。 「……べッド……」 やっとのことで小さく応えた。 『ベッド?……裸で?』 「ち、違うよ。ちゃんと、一哉のパジャマの上、着てる!」 『俺の?なんで?』 「そ、れは……」 『じゃぁ、下は何も着てないの?』 「!」 かぁっと頭に血が昇る。 思わずパジャマの裾を引っ張ると、布が立ち上がりかけたものを掠めた。 「っん……」 『俺のを着て、俺の匂いに抱かれて……してたの?』 最後の言葉がワザとひそめられる。 「や…ち、がうもん」 図星を指された。 かなり下腹に熱が溜まっているのがわかる。 「……ずやぁ…」 どうしよう…どうしたらいいんだろう……。 こんな……。 恥ずかしい……。 じわりと涙が滲んでくる。 その情けなさに、また涙が込み上げてくる。 「ひっ、く……」 しゃくりあげてしまう。 『樹…樹…』 「かずやぁ…どうしよう……」 結局、優しい声に甘えてしまう。 『大丈夫だから……怖がらないで…』 「う、くぅ…」 『俺の言う通りにできるね?』 「う…ん」 『じゃあね、まず、上着のボタンを全部はずして。樹の綺麗な体を見せて』 「う、うん」 恥ずかしさに指が震える。 『大丈夫。ゆっくりでいいからね』 「……はずれた…」 『そしたらね、樹の、軽く触ってみて』 「…やっ。で…きない」 『できるよ。いつも、俺がしているみたいに、ゆっくり、そぉっと…』 まるで、一哉の声に呪縛されたかのように、手が自然に動きはじめる。 「ひっ…」 熱くなっているそれに、触れた途端、手を引いてしまった。 『大丈夫だよ、樹』 それを見透かされたように、一哉が囁く。 その声に操られるように、今度は軽く握った。 「ん…」 『ゆっくり動かして……』 「あ…ん、ふぁ……」 それは一気に膨らむ。 だめ。嘘、何で…。 取り止めのない言葉が渦巻く。 「や、ぁ……か、ずやぁ……」 怖い。 怖いのに手は止まらない。 始めはゆっくりだったのに、だんだんとその速さが増してくる。 先端から滲み出てくるものが、余計に淫らな感覚を沸き上がらせる。 『可愛いよ、樹。…そう。いつも俺がするみたいに、感じて…』 「あ、あ、んっ…はぁ、あ……」 『きっと、もう濡れてるね。樹は感じやすいから……』 下肢から響く濡れた音と一哉の言葉が僕の意識を焼いていく……。 「あっ、…ずやぁ、も…ダメ……」 『いいよ。樹。俺に一番可愛い顔見せて……』 「んっ、あ、あ、あっ…んっ、くぅっ」 解放されたものが手を濡らす。 「ん、ふ……」 四肢が震え、熱は解放されたのに、体の奥に燻っている火は、ますます煽られている。 きゅん、と後ろがざわめいた。 一哉に教えられた場所。 一哉を受け入れる場所が、切なげに震えているのがわかる。 「…………っ」 でも、そんなの言えない…。 『樹』 「……」 『樹が欲しい』 ズキン、とそこが、心が痛んだ。 直接の言葉。 なんの迷いもない声。 でも、言葉だけじゃいやだ。 『樹は?樹は、俺が欲しい?』 「かずや…」 『言って…』 声が聞きたかった。 だから、電話がかかってきたのが嬉しかった。 でも、今はそれが切ない。 声は耳元でするのに、抱いてくれる腕はない――。 『言って、樹。俺が欲しいって……』 すぐ傍で聞こえる声。 まるで、そこにいるみたいに……。 涙が溢れる。 胸が締め付けられる。 会いたい。 声だけじゃ切ない。 ここにきて。 「…いて…」 願いは知れず、音になる。 「抱いて、一哉。ここに来て抱いて!!」 無理を言っている。 けど、止まらない。 願いが溢れる。 「いいよ」 「え?」 耳元で聞こえる声。 熱い吐息が耳朶を掠める。 続いて、ふわりとぬくもりが僕を包み込んだ。 僕の手から子機が抜き取られる。 そして、一哉の携帯電話と共に枕元に投げられた。 「かずや…?」 そっと、呼んでみる。 「うん」 「ど、して……」 どうして、ここにいるの?なんで? 戸惑いは声にならない。 「仕事が終わって、それぞれの部屋に戻った後、新幹線に飛び乗った」 「だって、明日も」 「うん、だから始発で行かなきゃ」 「なんで、そんな無理して…」 「わからない?」 「?」 「樹に会いたかったから」 「っ!」 一哉。 声が出ない。 出したら、泣き出しそう。 「でも、苦労のかいがあったゥ」 「?」 「自分でする樹が見られたから」 ……? ………… ………………っ! 「あ」 一気に血が昇った。 「い、いつから?」 「樹がたどたどしい仕種で、触りはじめたくらいかなゥ」 「っ!!」 「すごく可愛かった。俺の声に感じて、そのままイって。でも、足りなくて俺が欲しいって言っ……わっぷ!」 僕は手元にあった枕を投げつけた。 「信じらんないっ!一哉のばかぁ」 あんなっ!見られてたなんてっ! どうしようもない羞恥が襲う。 とりあえず、手に触るもの全部、一哉に投げる。 それをよけたりしながら、一哉が僕を抱き寄せる。 「やだっ!離し…う、んぅ」 言葉は一哉に塞がれた。 「ふん、くぅ」 はだけた前から手が入り込み、胸の尖りを弾く。 思わず上げた声は、一哉の喉奥に消える。 息ができない。甘やかな苦しみ。 「ふわっ、んっ…まっ、かずや」 僕を解放した口唇は、今度は首筋から胸へとおりてくる。 早急な所作についていけない。 「ま、って…かずやぁ」 「だめ。あんな樹を見せられて我慢できない」 尖りを挟んだまま。声がくぐもる。 それさえも刺激になってしまう。 「あ…」 割り開かれた内腿に熱く滾った一哉があたる。 それを感じた瞬間、後ろが切なく啼いた。 自分の放ったもので濡れそぼつものに、一哉が指を絡ませる。 「ひぅ…き、て。…ずやぁ、もっ……」 一哉が欲しい。 一哉を感じたい。 「か、ずやぁ」 「まだだ」 声が低く掠れる。 それにさえ、感じてしまう。 「なんでぇ?」 甘ったるい声。 でも、恥ずかしさを感じる余裕はない。 「だめだ。まだ、お前がつらい」 「や、あ、あ、んぅ……は、やく……」 先端がトロトロと涙を流す。 それを使って、一哉の指がほぐしているのがわかる。 「あんっ…や、だ…かずや……」 早く、欲しい。 頭のどこかであさましいと眉を顰める自分がいる。 でも、僕は一哉に抱かれている自分が一番好き。 幸せで、どうしようもなくて……。 「ああっ!」 するりと指が抜かれたと思った瞬間、鋭い痛みが走った。 続いて、鈍痛。 そして、それを凌駕する……快感…。 「っく、いつきっ!」 うっすらと瞳を開くと、そこには大好きな一哉がいる。 切なげに眉を寄せて、息を乱し、僕に感じてくれている一哉がいる。 ふ、と、一哉の視線と僕の視線が交わった。 その瞬間、僕はまざまざと一哉を感じ……どろどろに溶けて……。 そして、声にならない声を上げて、我を失った―――。 「……か?」 「え?」 慌てて顔を上げた。 「どうしたの、樹?ぼぉっとして」 「あ、ごめんなさい。姉さん」 「どうしたの?顔が赤い。具合でも悪いの?」 「な、なんでもない」 昨日のことが思い出され、自然と顔が赤らむ。 結局、朝、ぎりぎりの時間まで、一哉は僕を放さなかった。 僕も離れたくなかった。 で、今のだるさになった。 一哉が行ってから、夕方まで爆睡したとはいえ、それでもまだ、体の奥が甘く疼いている。 それから気を逸らすように、姉さんに意識を戻した。 昨日、龍一に会ったことを報告しに、姉さんの家を訪ねたんだ。 「で、何?姉さん」 「皆で、遊びに行こうかって言ったの。樹と一哉と龍ちゃんと亘ちゃんと、私と圭吾の6人で」 そう。なんと、姉さんは龍一たちのことを知っていた。 詳しくは聞いてないけど、2人は姉さんの協力があって、付き合い始めたらしい。 「どこがいい?樹」 「海!」 即答した。 僕は皆で遊べるのが嬉しくて、気づかなかった。 その瞬間、姉さんの瞳に、深い哀しみの傷がよぎったことに。 「ね?海にしよっ!」 「……そうね。じゃ、今度詳しく決めるとして……」 「今度?」 「そう。だって、樹、もう時間ないわよ」 時計を見ると9時になろうとしていた。 「あ、僕、帰る!」 10時には一哉から電話がくる。 今日の朝。約束したんだ。 「じゃあ…」 じゃあね、姉さん、と続けるつもりだったが、それは途切れる。 姉さんも立ち上がったから。 「送るわ」 その手には、きっちりと車のキー。 「姉さん、免許持ってたっけ?」 「大学生は授業の取り方によっては、空いてる時間が多いの」 にっこりと笑う。 「ま、車の運転は、結構前からしてるんだけどね☆」 …… ………… 「それって、無免許って事?」 訊いても、姉さんは笑ってるだけだった――。 姉さんって、一体、何者!? END |
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