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黎明の王女
序章
 どんよりと重く雲が圧し掛かった空。
 人々は無言のまま、俯き加減に早足で行き交う。
 その路地の片隅で子供がうずくまっている。
 こけた頬。雑巾と大差ない服から見え隠れする体は、骨の形が浮き彫りにされている。
 ただ異様に目ばかりが大きい。
 しかし、その奥の生命の灯火は、今まさに消えようとしていた。

「可哀想に……。行き倒れだわ……」
 中年の女が連れの女に話しかけ立ち止まろうとするが、
「そんなのにかまわないで行きましょっ!人の心配なんかしてられないわっ」
 という苛立った言葉に、後ろ髪を引かれるように感じながらも、早足で子供の前を通り過ぎた。

 女は胸中でため息をつき、嘆く。
 ――どうして、こんな状態になってしまったのだろう――
 武勇王として名高かった先王が亡くなって、まだ半年。
 決して裕福とは言えないが、活気に満ち溢れていた人々――。
 明るかった街が、急速に寂れていった一因には、理不尽な増税があった。
 先王の葬儀の臨時の徴税というが、葬儀が終わり、亡骸は王の墓に納められた今でも、税率は元に戻らないままである。
 もちろん自治的だった街は、異議申し立てを行ったが、それが新王に伝わったかどうかはわからない。
 例え伝わったとしても……。
 新王は、先王の第一王子であるジャン・ハザード。
 しかし、11歳である彼に何ができるのだろうか……。

 そもそも、本来王を継ぐのはジャンではなかった。
 異母姉の第一王女、ナイル・ティア・アンネルが第一王位継承権を持っていた。
 美しく聡明であったという彼女は……。

 先王の暗殺という罪で追われ、そして崖下に落ちたという。
 ナイルの同母の妹、セイラ・シェイヌ・アンネルもまた、同じ罪で追われ、行方不明という不穏な状態になり、一気にこの国の情勢は悪化した。

「ふぅ……」
 女は諦めのため息をついた。
 所詮、庶民の自分がどう足掻こうと、どうしようもないのだ。
 空を仰ぎ見る。
「……一雨、きそうだわ。急ぎましょ」
 やるせない想いを抱きつつも、生きる事に精一杯の今は、一日一日をどう生き延びていくかの方が重大なのである。

 

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