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皐月学園不可思議倶楽部
-2-
 隼斗は傍らで何事かを考えながら歩く悠悧を、ちらりと横目で見た。
「……何ですか?隼斗」
 その視線に気づいたのか、視線は前を見たまま問いかける。
「……マリアのことはいいとして、よかったのか?萌葱嬢の怪我を報告しなくて」
「……萌葱嬢が望んだんです」
「萌葱嬢が?」
 悠悧は目を伏せることで肯定した。

++++++++++

「きゃぁっ!」
「マリア嬢!」
 鬼の太い腕が、まるで小枝でもなぎ払うかのように、マリアの体を飛ばした。
 マリアは咄嗟に体を丸め、叩きつけられる衝撃を覚悟した。
「あうっ!!」
 背中に衝撃を感じ、一瞬息を詰まらせる。
 しかし、覚悟したよりは衝撃が少ない。
 マリアは固く閉じた瞳を開け、咄嗟に後ろを向いた。
「モエギ!!」
 自分が叩きつけられるはずだった木の前に、クッションになるかのように萌葱がマリアの体を全身で受け止めていた。
 一瞬、萌葱の眉根が寄る。
 マリアは慌てて、その体から離れた。
「萌葱様!」
 朱音の悲鳴にも近い叫びを手で制した時には、いつもの無表情だった。
「マリア。聖水を」
 抑揚のない声に透明な水で満たされた小瓶を渡した。
「朱音。動きを止めろ。隼斗、悠悧。火龍と風龍を」
 個別で攻撃をしていては埒があかない。
 すぐに萌葱の指示を理解し、朱音は琴糸を無数に空に放った。
 キュルキュルと琴糸同士が擦れる音がする。
 それを指先の繊細な動きで操る。
 一瞬目を閉じ、気合を入れるかのようにかっと目を見開いた。

『雅婪流琴武!戒めの調!!』(がらんりゅうきんぶ いましめのしらべ)

 空を舞っていた琴糸が一斉に意思を持ったかのように、鬼の体に巻きつく。

「ぐあっ」
 纏わりつく琴糸を振り払おうと闇雲に鬼があばれ、その度に琴糸が食い込んでいく。

「くっ」
 剛力に引かれ、朱音はギリっと歯を噛みしめた。

 パシャリ――
 萌葱がマリアに渡された小瓶を投げ上げると、一瞬にして両手の扇を広げ、その瓶を薙いだ。
 瓶が刃物で切られたかのようにバラバラになり、中の聖水が扇に降りかかる。

『雅婪流扇武。刃の舞』(がらんりゅうせんぶ やいばのまい)
 
 萌葱の両手から放たれた扇が空を舞い、鬼に向かう。

「ぐぅあああああああっ――――」

 叫びが周りの空気を震わせた。
 舞うように旋廻する扇に、首、肩口、大腿を断たれ、バラバラになる。
 すぐに再生しようとするが、マリアの聖水が傷口を焼いているため、上手くいかないようだ。
 萌葱の目論見は成功した。
「隼斗。悠悧。焼け」
 2人はすでに構え、気を貯めていた。

 隼斗の右手に炎が纏わりついた。

『龍呼流!火龍!!』(りゅうこりゅう かりゅう)

 隼斗の声と共に、右手から放たれた炎が龍を象り、まるで獲物を喰らうかのように口を大きくあけた。

『龍呼流!風龍!』(りゅうこりゅう ふうりゅう)
 
 悠悧の右手から竜巻のように風が動き、火龍を煽りその炎を増大させた。

「ぎゃあああああああああああああ――」

 断末魔の叫び声と共に鬼は燃え上がり、その形を徐々に崩していった。
 さほど時間をかけず、灰と化す。

「ふう」
 隼斗は詰めていた息を吐いた。
「朱音。歪みの修正を」
「はい」
 同じように肩から力を抜いていた朱音は萌葱の指示に琴糸を舞わせた。
 歪んでいる空間を、まるで外科手術で傷口を縫うかのように琴糸を操る。

『縛』

 萌葱が印を結ぶと、琴糸がすうと消え、歪んでいた風景が元に戻った。

「皆、怪我はないか?」
 隼斗が一同を見る。
 それぞれ、かすり傷はあるが大したことはないので、首を振った。
「……肋骨をやったようだ」
 まるで他人事のように、萌葱が呟いた。
「萌葱様!」
 朱音が慌てて、萌葱に走り寄る。
「ア……。サッキ、私ヲ受ケ止メタカラ?」
 マリアが涙を浮かべながら問うと、萌葱が珍しく口唇の端に笑みを浮かべた。
「マリアに怪我がないなら、それでいい」
「救急車を呼びましょう」
 悠悧が携帯を取り出すのを萌葱は制した。
「大事にするな。歩けるから、このまま病院に行く」
「……車を呼びましょう」
 救急車ではなく、自分の家の車を呼ぶために悠悧はボタンを押した。

++++++++++

「朱音嬢!萌葱嬢の怪我は?」
 萌葱の指示で一足先に学校に戻った朱音は、まず隼斗とマリアの下に行った。
「肋骨2本にヒビが入ってました」
「ア……」
 マリアが再び涙を零す。
「悠悧先輩が萌葱様についてます」
「そうか……」
「今日はこのまま早退ということで」
「そうだな」
「マリア」
 ビクンとマリアが肩を震わせた。
「あなたがしたことの重大さがわかった?」
 朱音の言葉にマリアはただ頷くしかできなかった。
「これに懲りたら、興味本位で動くな。いいな?」
 隼斗がマリアの頭にポンと手を置く。
「私、モエギニ謝ッテクル」
 言うなり、マリアは走り出した。
 あえてそれを止めずに二人は見送った。

 落ち込んだ様子の朱音を、隼斗は肩を引き寄せこめかみに口唇を寄せた。
「隼斗……」
「お前が落ち込むことはない」
「でも、私は萌葱様を守るために……」
「不可抗力だ」
 自分を責めるような朱音を抱きしめ、その背をそっと撫でた――。
「隼斗……」
 つぶやきに応えるように、腕に力をこめて抱きしめた。

「報告をしないのですか?」
「ああ。ただでさえ、この瘴気の濃度のあがり方に緊張しているんだ。それに拍車をかけてしまう」
「しかし――」
「悠悧」
「……わかりました」
 自分の怪我を報告するなという萌葱の希望を承諾した。
「私は大丈夫だ」
 抑揚のない声で断言し、淡い光を瞳に浮かべた。
 悠悧はため息をついた――。

++++++++++

「なるほど」
 萌葱らしい判断だった。
 確かに今日の報告会のピリピリした空気の中で、不可思議倶楽部の実質的な要と言える萌葱の怪我を伝えれば、不安を煽ってしまうだろう――。

「萌葱嬢は、相変わらず自分を大切にしてくれないな――」
 隼斗が哀しそうにつぶやいた。
 悠悧も同意するかのようにため息をついた。

 

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