novel top next

 

皐月学園不可思議倶楽部
-1-
「萌葱嬢!!」
「おや」
 隼斗の鋭い声に、のんびりとした声が応えた。
「萌葱様!」
 キュルと琴糸が鳴りながら、手の甲に剛毛が生え節くれだったごつい手に巻きついた。
 空間が歪み、その歪みから出てきた醜い腕は、その鋭い爪先で萌葱の腹部を抉ろうとしていた。
 のんびりとした声とは裏腹に、萌葱の体がふわりと下がった。
 その動きと同時に、朱音が放った琴糸がピンと音を立てて切れた。

「エート、コレガ鬼、ネ?」
 発音の怪しい日本語。マリアは初めて見る東洋の怪物を、興味津々に見上げる。
 空間の歪みはますます大きくなり、遥か古代より「鬼」と呼ばれてきた異形の怪物の上半身が抜け出してきた。
「何故、こんなに大きな歪みに気づかなかったのでしょうかねぇ」
 ため息混じりに言い、悠悧が肩を竦めた。
「ここの区域の監視はマリアの担当ではなかったか?」
 抑揚のない萌葱の言葉に、マリアはすっと視線を逸らした。
「マリア嬢?」
 悠悧が静かに問う。

「ぐ、ぎゃぁぁぁぁ!」

 じゅうと何かが焦げるような音と共に怪物が叫んだ。
 マリアの手に透明な液体が入った小瓶。

「聖水ガ、ドンナ怪物ニモ効クカ、タシカメタカッタ、ネ」
 サファイアブルーの瞳が悪戯げに、ウィンクする。
「マリア!」
「オウ!アカネ、オコラナイ、ネ」
 マリアが首を竦める。
「しかし、聖水の効力を試すにしては、また大物をだしてしまったものだな」
 萌葱の独特な抑揚のない声が仲間割れをしている場合じゃないことを告げる。
 今の攻撃で、鬼は完全な戦闘モードになっている。

「ふしゅるるる」
 鬼が全身に怒気をはらませ、息を吐く。
 その汚臭に、朱音はうんざりと顔を背けた。

「仕方ない。鬼退治といくかっ!」

 隼斗の一喝に、5人は一気に緊張感を漲らせ構えた。

++++++++++

 放課後の生徒会会議室――。
 月末に行われる、各クラブや部の活動報告会議。
 悠悧の静かな声が、淡々と報告書を読み上げていた。
 室内はその内容にザワついていた。

「以上が、今月の不可思議倶楽部の活動内容です」
 最後にそう締めくくる。

「とうとう、鬼まで出現するようになったのですね?」
 部屋の上座にいる黒髪の少女は、悲しげに問う。
「丁姫」
 美七が痛ましそうに眉根を寄せた。

「しかし鬼柳殿。何故、あなた方は鬼が出てくるほどの歪みに気づかなかったのか?」
 十三郎の低い声が責めを帯びる。
「確かに今回の歪みの見過ごしは、手痛いミスだ。しかし、最近の瘴気の濃度の上がり方は異常で、その原因を突き止めることと平行していた事が手薄になった原因であり、決して手を抜いたりしていたワケではない」
 真実は伏せ、隼斗は断言した。
「確かに、学園内の瘴気は危険レベルにまで達しようとしている区域があります。その原因究明と、日々、出現する怪物たちとの争いを一手に不可思議倶楽部の方々が引き受けているのです」
「それゆえに、どこかに無理が出てきてしまうのも無理はないと思います。むしろ、私個人としては何もできない自分が歯がゆく、また同時に不可思議倶楽部の方々には大変ご苦労をかけて申し訳ないと思っています」
 美七と結七が弁護する。声はもちろん、一卵性の双子は、すぐには区別ができないほど似ている。
 室内にいる他のクラブや部の代表たちも同意したように頷き、十三郎は押し黙った。
「結七嬢。ご自分をそのように責めないで。不可思議倶楽部はそのために作られたのですから、気になさらないで下さい」
 悠悧の甘やかな笑顔に、結七は頬を染めた。

「私も闘いに参戦できれば……」
 丁がつぶやく。
「丁姫は、我が学園が清浄であるための要です!決して、危険なことは」
「わかっています、十三郎」
 丁は少し声を荒げ、十三郎を遮った。

「鬼柳殿、久積殿」
「はっ」
「ご苦労をかけます。くれぐれも無理はなさらないで下さい。静宮の二姫殿たちとマリア殿にもそうお伝え下さい」
「御意」
 隼斗と悠悧は視線を伏せ、了解の意思を伝えた。

 

novel top next